※ 当ページは現在も改訂中であり、今後知り得た事実によっては記事の内容を大幅に書き換える可能性がございます。あくまでも暫定版ということでお読み下されば幸甚です。
私がオンド・マルトノに興味を持ったのは、高校を卒業後浪人中にジョリヴェのオンド・マルトノ協奏曲が収録されたエラートのフランス現代音楽のLPを買った時、即ち1980年代のはじめでした(歳がバレる(^^; )。輸入盤でメシアンのオンド六重奏曲「美しい水の祭典」などもあってこれも買いました。キューンというミュージカルソーのような音やボボボボという荒削りな低音に何とも言えない不思議な魅力を感じました。オンドとは一体どんな楽器なのか興味津々でしたが、LP盤の解説からその姿を想像するのは困難でした。たとえば、ジョリヴェの協奏曲を収録したLP盤の解説には次のように書かれています。
オンド・マルトゥノという楽器は、モーリス・マルトゥノが発明したもので、あらゆる点から見て、前代未聞の、特異な楽器である。その音域は7オクターブにわたっているが、事実上、従来知られているあらゆる楽器の音を出すことができるばかりか、最低音においても最高音においても従来の楽器をはるかに上回り、《可聴範囲外》の音、つまり聴覚的には知覚できないが、肉体的に辛うじて知覚できる音まで出すことができる。しかも不可聴低音から始まって不可聴高音に至るまで、段差のない連続的な変化が可能であり、音の持続には制限がなく、技法上の限界もなく、息をつく必要もない。音の強弱も自在であり、倍音を重ねることができるが、旋律楽器であるから和音を奏することはできない。現在使われているオンド・マルトゥノは一万もの音色をもっている。
これを読むと、あの有名なRCAシンセサイザーをも凌ぐ超弩級の電子楽器のように思えてきます。(^^; その後、現代音楽関連の書籍などでオンドの写真を見つけて「随分面白い格好をした楽器だなぁ」と思ったのでした。それらの書籍から「電気技術時代の音楽」という本にオンドに関して詳しく書かれているらしいと知って早速探しましたが1963(昭和38)年に発行された古い本だったために既に絶版になっていて神保町の古書店街にも無く、
国立国会図書館まで行ってその本のオンドの項目を複写して貰ったりしました。その当時最新だった電気楽器の解説が載っていて実に面白い本でした。つい最近ネットの古書店で見つけて漸く手に入れました。かなり高かったです。(^^;
▲ 電気技術時代の音楽(プリーベルク/著・入野義朗/訳・音楽之友社刊)
それにしても現在は、インターネットで”ondes martenot”で検索をかけると自宅のパソコンの前に居ながらにして様々な情報が得られるのは実にありがたいことです。情報交換の場もなく、ただ一所懸命本を探し歩いた学生時代とは全く隔世の感があります。しかしそれでも尚、電気回路やメカニズムの詳細など自分が「これだ!」と納得できるような情報にはなかなか出会うことができません。そこで、コミュニティーカレッジ講座受講を機にオンド・マルトノについて現在までに知り得た事柄を私なりに纏めてみました。このページをご覧になり、電気技術発展期のごく初期に作られたにも拘わらず未だにその魅力が尽きないオンド・マルトノという稀有な楽器に対する興味をより深くしていただければ望外の喜びです(私はオンド・マルトノを個人的に所有していないので、実物を見たり、演奏したり、関連書籍を読んだり、インターネットで検索して得た知識を元にこのページを構成しました。正確を期しているつもりですが、何分電気の専門家ではない人間ゆえ、記述に間違いもあると思いますので、誤りを見つけた方はご教授下されば幸いです) 。
日本に於いて、オンド・マルトノの存在が一般に広く知られるようになったのは、フランスでこの楽器の正統な演奏法を学ばれた 原田節さんのご尽力のおかげです。もし、原田さんのような方がおられなかったら、オンド・マルトノを間近で見たり、実際に触れる機会は持ち得ませんでした。長年の疑問が氷解する瞬間が幾度もあり、この楽器の真の魅力を再認識することが出来たのは誠に幸運なことでありました。既に「幻の楽器」という段階を過ぎ、愛好家有志の集まりがあるのもおそらく我が国だけの現象のように思います。楽器の商業的な製作が終了してからある程度の年月が経って殆ど入手不可能になってしまった貴重なこの楽器を、博物館の陳列台から我々の手に届くところまで持ってきて下さった原田さんにはただただ感謝の言葉しかありません。
パリ生まれのチェリストで電気通信技師のフランス人、モーリス・ルイ・ウージェーヌ・マルトノ(Maurice
Louis Eugène
Martenot:1898/10/14~1980/10/08)によって1928年に発明された単音の電波楽器(Ether
Wave
Instrument)です。オンド・マルトノ、オンド・ミュジカル、或いは単にオンドとも呼ばれます。
マルトノ家の系図
マルトノはフランス軍の無線技師として第一次大戦に従軍していて、無線機(ラジオ)の発振音で音楽を奏でたりしていました。1919年から本格的に研究を開始し、1928年4月2日に"Perfectionnements aux instruments de musique électriques" (電気楽器の改良)という名称で特許を取得しました。基本的な構造はテルミンとほぼ同様でしたが、マルトノの目的はより演奏しやすいというだけではなく作曲家や演奏家の高度な音楽的要求に応える事が出来る「本物の楽器」を作り上げる事でした。これは彼が亡くなるまで一貫して楽器製作に臨んだ態度だったのです。
モーリス・マルトノが電気回路を楽器として用いようと思いついた経緯の推測 マルトノは通信技師として第一次大戦に従軍した。フランス軍が当時どのような通信装置を用いていたかの詳細はわからないですが、受信感度を上げるための再生式検波という方式があります(昭和40年代ころまでのラジオ製作回路図集にはよく載っていました)。これは1912年にアメリカのアームストロングによって発明された方式で、一度検波した後の高周波成分をもう一度同調コイルの別巻線に正帰還させて主巻線に信号を誘起し感度を上げる(10倍程度)という方法ですが、帰還量を再生バリコン等で上手く調節しなれば高感度が得られません。また帰還量を増やしすぎると発振を起こします(ハウリングと同じ状態)。マルトノはこの発振音に注目したのではないでしょうか。初期のヘテロダイン式電気楽器の回路はテルミンも含めて再生式受信機の高周波段とよく似ていますし、ハートレー発振器(1915)もこれを発展させたものです。尚、この考察は私の勝手な推測であって正しいという確証は全くありませんのでご了承下さい。因みに再生式は、クラシックな回路を再現しようという自作受信機以外では現在は用いられません。日本では戦前までポピュラーな方式(並3、並4、高1)でしたが、外部に電波を漏らし近隣の受信機に干渉するので終戦後GHQの指導の下、現在主流で高感度のスーパーへテロダイン式受信機に置き換わっていくことになりました(スーパーへテロダイン式(1919)も再生式と同じアームストロングによる発明)。 |
最初期のオンドは、古典的なラジオに似た木製の四角い横長の箱からリングの付いた一本のワイヤーが延びていて、演奏者は楽器から少し離れた場所に立って右手でそのワイヤーを引っ張ったり戻したりしながら音高を調節しました。演奏者の左側にはモールス通信に使う電鍵に似た装置があり(本体と電気ケーブルで繋がっている)、左手でこれを操作して音価を調節します。この段階のオンドはテルミン同様に演奏が極めて難しかったと思われますが、マルトノがアメリカ合衆国の特許庁に提出した申請書類の図解と説明文を見ると、専用に開発した独特な形状の特殊な周波数直線バリコン(ワイヤーを巻き取るドラムで静電容量を変化させる回転コンデンサー)を用いることによって、既に等間隔で音程を取ることができ、しかも本体の前面(演奏者から見える位置)に音高を示す目盛りと指示針(ラジオの同調ダイアルのようなもの)が備わっていたようです(詳細な楽器の写真がないので目盛りについては確証がありませんが)。この他にも、演奏者が手にするワイヤーの終端にL字形をした絶縁体でできた指サック(親指を嵌める)を取り付け、更にその指サックにはコンデンサーを構成する4つの電気接点が備えられていて、残りの4指でこの接点に触れて音程を変えるという工夫まで考案しています。テルミンのように勘と経験によって音高を掴むのではなく、マルトノは最初から正しく正確に演奏することのできる「楽器」を製作していたのでした。第3号機で、そのインジケーターはダミーの鍵盤とリボンに置き換えられ、現在のオンドの原型が出来上がったのです。
1928年4月20日、Dimitri Levidis作曲、Poème symphonique pour solo d'ondes musicales et orchestre(オンド・ミュジカル独奏とオーケストラのための交響詩)初演の際にオンドはパリ・オペラ座で一般公開されました。演奏は発明者であるモーリス自身です。「onde」とはフランス語で「波]、複数形の「ondes」は「電波」を意味し、英語の「wave」に相当します。マルトノはこの楽器を携え世界各地を宣伝演奏して廻りました。1931年(昭和6年)には日本にも来て、東京と大阪で解説附きの演奏会を開いています。真空管の時代、発振周波数(音高)を可変させる機構(コンデンサー部分)があまりにもデリケートで、需要家に納入後に楽器の不具合が頻発したために、マルトノ家には想像を絶する苦労があったようです。一度でも自作のラジオを作った人であれば何となく想像できることと思います。トランジスタの時代に入ってからは不安定なヘテロダインではなく低周波発振方式になっています。またモーリスは、インドの詩人、ラビンドラナート・タゴールのためにインド(ヒンズー)のモード(旋法)に対応した微分音の楽器を作ったりもして(これには各種モード対応用のレバー(レジスター)が付いています)、82歳で亡くなるまで楽器の改良を続けました。モーリス・マルトノの逝去後、一旦楽器の製作は終わってしまいました(モーリス・マルトノのアシスタントあったマルセル・マニエール(Marcel Manière)氏が1988年まで引き続いて楽器を製作します)。その後、1990年代初頭にデジタル式の楽器が2種類(Musique de chambre et Concert)僅かに生産されましたがその後は途絶えています。アンブロ・オリヴァ(Ambro Oliva)氏によって楽器の製作が開始され、2000年代に入ってからデジタル化され和音を出すことができMIDIの装備プランもある 新楽器オンデア(L'ondea)が生み出されましたが、現在はオリヴァ氏が高齢ということもあり、残念ながら楽器の製作は事実上終了しています。フランスの大家メシアンは日本でのオンド製作を望んでいたようです。是非、日本のどこかの工房でオリジナルを忠実に再現したモデルを製作してほしいです。日本には優秀な技術者が沢山いるから決して不可能ではないと思うのですが。モーリス・マルトノ氏自身は晩年も大変元気だったそうですが、突然の交通事故で亡くなってしまいました。実は現在オンドの後継としては Jean-Loup Dierstein 氏が製作しているほぼオリジナルのオンドいっても差し支えない非常に完成度の高い楽器があります。個人で製作している楽器なので生産数に限度がありますが、詳しくお知りになりたい方はフランスのオンディスト、Thomas Bloch 氏に直接お尋ね下さい。
さて、モーリス・マルトノは自分の楽器について、昭和6年の来日時の演奏会で次のように語ったそうです。J
「この楽器は以上のように色々な音色を出すことができますが、しかしこれは、各種楽器の模倣だとは考えていただきたくないのです。あくまでもこの楽器自体の音色だとお考え下さるようにお願い申し上げます。」 正しい音階 第3部 楽器編
(32)電子オルガン・溝部国光著・日本楽譜出版社
(オンドは特定次倍音をフィルターの組み合わせで調節することができるため、様々な疑似楽器音を出す事ができます。ジョリヴェのオンド・マルトノ協奏曲のスコアには音色(楽器名)の指定があり、メシアンのトゥランガリラ交響曲にはフィルター番号の指定があります。)
このモーリスの言葉は、オンド・マルトノという楽器の真髄を的確に言い表していると思います。
尚、同書の中で著者の溝部氏は、「多くの演奏曲目の中で最も評判の良かった曲目は、グリークのペール・ギュント組曲の第1曲「朝」であった」と書いておられます。
さて、電気楽器というのはアコースティック楽器に比べると寿命が非常に短いものです。構成部品の供給が終わってしまったり(電気部品の寿命は短く、特殊部品だと代替がきかない、つまり壊れたらゴミになるしかないのですね)、音色の好みや楽器自体のメカニズムも時代と共に変わっていきます。あのテルミンでさえ、近年脚光を浴びるまでは(発明者レオン・テルミンの数奇な生涯も関係していますが)忘れ去られた楽器でした。それに比べるとオンド・マルトノの息の長さ(81年/2009年現在)は全く驚異的です。ここでオンドの幸運を幾つか挙げてみましょう。
●まずオンドの発明者モーリスが実際に楽器(チェロ)を演奏し、音楽への造詣が非常に深かったこと(奇しくもテルミンもチェロを演奏しました)、
●それ故、楽器自体を非常に音楽的でシステマティック且つ芸術的意図の元に設計したこと(おもちゃのような楽器だったら誰も作品を書かなかったでしょう)
●しかも開発された時期が、多数のフランス人(或いはフランス系)作曲家たちがめざましい活躍をしていた時代と重なっていて(オンドを用いた作品を書いた作曲家は、アルテュール・オネゲル、ダリュス・ミヨー、シャルル・ケクラン、エドガー・ヴァレーズ、アンドレ・ジョリヴェ、オリヴィエ・メシアン、アンリ・デュティユーなどなど錚々たる名前が並びます)音楽史的にも重要な作品を書いたこと
●そのため電子楽器としては例外的にレパートリーが広く、発明者の妹ジネットやジャンヌ・ロリオ、日本人では原田節さんなど名演奏家が輩出したこと
●発明者が存命中、楽器を常に改良し製作し続けたこと
等々です。それにしても1928(昭和3)年に発表した楽器(開発期間を含めれば更に9年ほど遡る)を1980(昭和55)年まで改良しながら作り続けるなんて並大抵の持続力ではないと思います。
オンドはモーリス・マルトノの手工品といってもよく、白木のボディーを見ると、(ボディーや内蔵基板などそれぞれの部分はマルトノのデザインに従って専門の業者が製作しましたが)いかにも手作りという感じがします。透明な樹脂で造形されたアーチ型の譜面立てはこの楽器のデザイン上のアクセントにさえなっておりいかにもフランス人らしいセンスだと感じます。しかし手工品(或いは限りなく手工に近い)ゆえに製作された楽器の絶対数が少なく、RCAテルミンやセルマー或いはギブソン等のクラヴィオリーヌ(Clavioline)のように大手メーカーがライセンス生産することもなくオリジナルに忠実なレプリカもないため、非常に高価で気軽に手の出せる楽器ではないのが残念です(オンドが現役商品として売られていた当時は別段驚くような価格ではなかったのですが、現在は希少(骨董的?)価値が付加されて、オールドヴァイオリン(有名な製作者の楽器)並の値段が付いてしまうようです)。取り敢えずは
オンドタイプのアナログシンセコントローラー(フレンチ・コネクション)で我慢するしかないのでしょうか?(こちらも結構高価です。また、原田先生にお訊きしたところ、鍵盤がフローティングされていないためビブラートがかけられない、リボンの張力が強くて演奏しにくい、トゥッシュボタンの沈み方がオリジナルとは違うなど、オンドの代用として使う場合には演奏性能に若干問題があるようです。勿論全く別の楽器と考えればその存在価値は非常に大きいと思います)。
因みに日本では
国立音大楽器学資料館などにオンドが収蔵されています。
フレンチ・コネクション製造元、
アナログシステムズ(英)のサイトから引用(抄訳)
「フレンチ・コネクション」は無名の状態では生まれなかった・・・。これは西暦2000年の間中、レディオヘッドというバンドのジョニー・グリーンウッドに製作を依頼されたものである。既にグリーンウッドは、3種類のディフューザー(スピーカー)を完備した、モーリス・マルトノの息子が1983年に組み立てたオンド・マルトノを所有していたのではあるが、コンサートツアーで楽器が損傷することを虞れて神経質になっていた。それで彼は、ライブで使用する2台目のオンド・マルトノを購入するため、マルトノ家に交渉したのである。彼にとっては運が悪いことに(しかし我々のうちの残りには幸運なことに)彼の楽器は、まさに50台製作された中の1台であった。そのうちの44台は日本の音楽学校へ、残りの5台は他の音楽家へ渡され、製品がなくなってしまってから久しかったのである。 フレンチ・コネクションが初めて公に姿を現したのは、レディオヘッドが彼らのアルバム「アムニージアック(記憶喪失)」の中から「ピラミッド ソング」を演奏した2001年5月のイギリスBBCの番組、TOTP (Top of the Pops) に於いてであった。 追記:ジョニー・グリーンウッド氏は、最近フランスの電子楽器技術者である Jean-Loup Dierstein 氏がオリジナル楽器に忠実に製作した”Ondes Musicales Dierstein”を購入したようです。この楽器についてはフランスのオンディスト、Thomas Bloch 氏のサイトをご覧下さい。 |
さて、「オンドの構造そのものは、開発された時代を考慮すれば実は非常に原始的なものである。それ故純粋に電気機械技術的な観点からすれば現代の複雑で多彩な電子楽器やコンピュータで容易に置き換えることが出来る筈で、何も前時代的な楽器をわざわざ使うこともあるまい」と思われるかも知れません。ところが実際にオンドを演奏してみると、現代の電気楽器では決して味わうことのできない、実に繊細な表現世界がそこに存在するということが体感できます。現代の電子楽器がシーケンサーやコンピューターなどと組み合わされてどんどんテクノ化されていったのに対し、オンドは全く逆の道を歩みました。オンドのプリミティブな構 (基本的には和音さえ奏する事が出来ない)が伝統的なアコースティック楽器の表現技巧と見事に重なることを理解するにつれ、徒にハイテクに走ることがなかった発明者マルトノが、一体この楽器で何を実現したかったのかがよくわかるのです。電気楽器でありながら、ヴァイオリン、チェロ、フルートなどと奏法上驚く程の共通点がありますが、逆に外観上鍵盤があるにも拘わらず、ピアノ(エレクトリックピアノも含む)とはほど遠い楽器なのです。結局オンドという楽器は何もしてくれませんし、現代の電子楽器のように電気回路の工夫によって目が回るようなアクロバティックな演奏ができるわけでもありません。それ故、表現技術的な方法論は全て演奏者に委ねられているのです。
それからもう一つ、実際に演奏してみるまでは、通常アコースティック楽器は演奏者自らが楽器に対して弓を擦り付けたり、息を吹き込んだりしてエネルギーを与え音を出すのだから、そういうことのない電気楽器の演奏感覚は凡そ人間的なものではない筈だと考えていました。事実、オンドが発音するためのエネルギーは常に演奏者とは無関係の電気エネルギーとして自動的に供給されていますが、トゥッシュ(ディナーミクやアタックを制御するボタン)を押し込んだり、鍵盤或いはリボンで自由にビブラートをかけるという持続的な行為が、楽器に対して演奏者が自らのエネルギーを与えることとほぼ等価であり、自分の力で鳴らしているのだという感覚さえもたらすのです。その意味でもオンドは極めて人間くさい楽器であり、この辺にも長い間廃れずに人々を魅了してきた秘密の一端があるのかも知れません。残念ながらモーリス・マルトノの死とともに、純粋に「オンド・マルトノ」と呼びうる楽器の生産に終止符が打たれてしまったのは事実でしょう。ちょっと大袈裟ですが、譬えれば、アントニオ・ストラディヴァリやジュゼッペ・ガルネリがヴァイオリン製作で頂点を極めたように、オンド・マルトノも発明者モーリス・マルトノ自身がある意味頂点を極めてしまった楽器なのかも知れません。前述した通り、オンドの後継と目されていたオンデアは製作者のオリヴァ氏が高齢ということもあり生産は事実上終了していますが、現在オンドの後継として Jean-Loup Dierstein氏が製作している非常に完成度の高い楽器があります。
写真の豊富な
Peter Pringle 氏 のサイト:
THE THEREMIN AND THE ONDES MARTENOT
Cité de la Musique in Paris
珍しい形をしたオンド・マルトノの写真など
oldschool-sound.com シンセサイザーを集めたサイト
eowave
Persephone オンド・マルトノ風なインターフェイスを備えたアナログシンセサイザー(フランスのメーカー)
Jean Loup Dierstein オンド・マルトノを現代に甦らせたフランスの楽器職人、ジャン・ループ・ディエルステン氏のサイト
Thomas Bloch New Ondes Martenot ディエルステン氏製作の新楽器紹介
モーリス・マルトノ来日時の新聞記事(1931年2月17日〈火〉・東京朝日新聞)
※( )内は該当する新字
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「音波ピアノ」 發(発)明家けふ(今日) 横濱(浜)着 【横濱電話】 手の振り方一つでいろいろな音をだす忍術使ひのやうなフランスの音樂(楽)家で無電技師モーリス・マルテノ氏が妹のジネツトさんとともに十六日横濱へ入つたC・P・Sのエムプレス・オブ・ルシヤ號(号)で來(来)朝した この忍術は來る二十六、七兩(両)日帝劇で演奏されるが氏が過去十ヶ年の苦心の結晶と誇る忍術の正體(体)音波ピアノル・サウンド・ウエーブ・インは丁度ピアノに引だしをつけたものゝやうで演奏者が樂器の前に立つて手を動かすとその手の振動によつてあるひは高くあるひは低く微妙な音を奏でるといふのだ
マルテノ氏は一八九八年パリに生れ早くも九歳でピアニストとしてステーヂに立ちパリの音樂師範學(学)校の教授とまでなつたが樂器と近代科學を調和して何か面白いものを發明しようと考へ當(当)時世間から狂人扱いを受けたり反對(対)に會(会)つたりして苦心に苦心を重ねた結果遂に一九二八年四月この樂器を發明するに至り●●(不明、おそらく同年或いは翌年)五月には當時の大統領の前で演奏して非常に稱(称)賛を受けたといふ |
Jean-Loop Dierstein 氏は電子楽器修理の職人で(勿論、オンド・マルトノのオリジナル楽器の修理も手がけてこられた方です)、その長年に亘って蓄積したノウハウを生かして、オンディストであるトマ・ブロシュ氏所有のオリジナル楽器を仔細に分析検討し、現代の電子部品を用いてオリジナル楽器を極めて忠実に再現しつつ、プロの音楽家の演奏に耐えうる極めて優秀な楽器を作り上げました。これまでにオンド・マルトノ復元計画は幾つも存在しましたが、非常に高い完成度を以てそれを結実させたのは Jean-Loop Dierstein 氏が初めてといってもよく、新しい楽器が入手できないという、オンディストやオンド愛好家の長年の悩みを解消した快挙です。90年代に少数製作されたデジタル楽器(この楽器は使用されている部品の質が良くないためトラブルが非常に多い)を所有している英国のロックバンド、レディオヘッドのジョニー・グリーンウッド氏も勿論 Jean-Loop Dierstein 氏作の本楽器を逸早く入手しています。
まず、自分が試奏させて頂いたのは、ほぼ完璧といってよいくらい高度に整備され、更にある程度のエイジング効果も加わり現時点では非常に安定度の高い極めて優秀な楽器であるということを最初にお断りしておきますが、兎に角「全てに於いて素晴らしい」の一語に尽きます。残念ながら私はトランジスタータイプのオリジナル楽器を演奏した経験がなく、ただ「触った」という程度でしかありませんので、モーリス・マルトノ氏、或いはマルセル・マニエール氏が製作したトランジスタータイプの演奏性能との比較は一切出来ませんのでご了承下さい。
私は1990年代に製作されたデジタル式楽器「Musique de chambre」は何度も演奏していますが、Dierstein 氏作の新楽器はそれとは別楽器と言えるくらい全く次元の異なるものです。オンド・マルトノの重要なインターフェイスであるトゥッシュボタンはタッパが高く、より深く押し込めるためダイナミックレンジが非常に広く、殆ど無音との境界線上スレスレの微妙なピアニッシッシモから強烈なフォルティッシッシモまで自由自在にコントロールでき、一番深く押し込んだ時に更にもう一段フォルテ(アクサン)をかけることができます。このレンジの広い強弱の表現能力は実に 晴らしいものです。勿論、鍵盤はオリジナル同様フローティングされており360度どの方向にも動くので様々な表情のヴィブラートをかけることが可能です。リボンも指にしっかりとしたレスポンスが感じられる非常に演奏性能の高いもので、「Musique de chambre」では技術的に非常に難しくて殆ど不可能に近いような極めて美しいポルタメントやずらし(すり)の効果をほぼ思った通りにかけられます。またリボン奏法での演奏中に多少音を外してしまっても決して不愉快に響かないのが不思議で、リボンは特に実際に弾いてみてその表現力の豊かさに目から鱗状態でした。各タンブルはオリジナル楽器(トランジスタータイプ)に非常に忠実で全く同じ音色が出せるばかりでなく、更に音域の違いよる音痩せや不明瞭さが生じないようにDierstein氏独自の改良が施されていてその効果は絶大です。またDierstein氏はレゾナンス・ディフュズール(D2)の効果を得るために電気的なスプリングリバーブを本体に内蔵してこれを通常のスピーカーで鳴らすようにしています。この方式では機械式スプリングのD2が大音量時に発する、スプリングが擦れ合うジャラジャラという一種味のある独特な音は出せませんが、パルムの残響効果をそのまま拡大したような非常に透明で美しい残響が得られます。この楽器のレスポンスの良さや表現力の多彩さは実際に演奏してみないとわからないのですが、一度経験してしまうともう後戻りできません。いつまでもずっと演奏していたくなるような、本当に 晴らしい楽器です。高価ですが決して買えない値段ではないので是非とも一台欲しくなりました。
しかし、あくまでもアナログ楽器(しかも非常に精妙な機構を備えている)なのでデジタルピアノやMIDI音源のようにスイッチを入れれば即安定した音が出るわけでは決してありません。最新の楽器ではありますが非常に細かい調整が必要で、何かトラブルがあってもそれにめげることなく最高の状態に自分で追い込んで行く必要がありますし、それを実現するためには基礎的な電気の知識がどうしても必要になります。また、新しい楽器とはいっても、ふと気が付いたら楽器を構成する電子部品が既にディスコン(生産終了)になっていて代替品もないという事が多く、メジャーメーカーが販売する電子楽器のようにサービスセンターに修理に出せば簡単に直るというものでもありませんし、より長く使うためには自分でもある程度主要な電子部品を確保しておく必要があります。ヴァイオリンやフルートといったアコースティック楽器のように、楽器の調子が悪くなったらいつでも相談できる掛かり付けの技術者が必要だといっても大袈裟ではありません。その意味では非常に手間のかかる楽器であり、電源スイッチを入れたら何もしなくても直ぐに最高の状態で演奏できなければ困るという向きには決してお薦めできないと念を押しておきます。
この楽器は当初はマルトノ家公認の " Ondes Musicales MARTENOT " という名称で発売される予定でしたが、諸事情により " Ondes Musicales by DIERSTEIN " に変更されました。Dierstein 氏製作の楽器価格は円とユーロの為替レートによって大きく変動しますが、大体普通乗用車1台分くらいと考えてよいでしょう。
楽器本体は木製で、一見すると単純な電気オルガンのようです。蓋は譜面台を兼ねていて、内部には発振器(音源部)とアンプが内蔵されています。本体の脚のデザインが緩やかな曲線を描いているラウンドタイプのものと、鋭く尖っている直線的なタイプの2つをよく見かけます。楽器手前左下には音価や音色をコントロールするためのボタン類を備えた抽出(ひきだし)があって、その側面にはペダルを接続するためのDINプラグが付いています。本体左右の足は取り外せるようになっていて運搬しやすいように作られています。尚、フランスで家庭用として一般的に供給されている電源電圧は220Vであるため、日本でオンドを使用する場合は楽器の消費電力以上の容量を供給できる昇圧トランスが必要です。以下、私の拙い電気知識で解説を試みようと思います。(^^;
発音はヘテロダイン方式です(後期の楽器はトランジスタによる低周波発振式です)。この方式はテルミンをはじめとして当時開発された電気楽器の多くに採用されています。批判を承知の上で乱暴に言えば、ラジオを楽器用に改変したような感じです(第2オッシレーターをバイパスして、第1オッシレーター部を放送電波に同調するような構造にすればストレートラジオに、或いは二連バリコンを接続し、第2オッシレータを局発とし、若干の高周波増幅段を付加すればスーパーへテロダインラジオになる筈です)。ですから高度な回路設計ができる人であればいとも簡単に製作できるでしょう(但しオンドという「楽器」そのものを簡単に作れるというわけでは決してありません)。
音源部は基本的に、並列に接続したコイルとコンデンサー+真空管(或いはトランジスター)というお馴染みの共振(発振)回路による周波数固定と可変の2つの高周波オッシレーター(発振器)から構成されています。可変発振器はリボンや鍵盤でコンデンサーの容量を変化させて制御します(リボンや鍵盤には、静電容量を変化させるための実に精妙な構造が採用されています。また鍵盤には、別のヴィブラート用可変コンデンサーが機械的に接続されており、鍵盤を左右に揺らすとコンデンサーの容量が微妙に変わるようになっています)。
これら2つの発振器の出力を混合すると、それぞれ和と差の周波数、即ちビート(唸り)が発生します[(f1+f2)と(f1-f2)Hz]。これを検波管(或いはダイオードやトランジスター)で検波し、差である低周波成分[(f1-f2)Hz]のみを取り出します。簡単な例で言えば、170KHzの固定発振器に170.5KHzの可変発振器の信号を混合、検波するとその差500Hzのビートが得られるわけです。 §
この低周波信号を増幅し、トゥッシュでボリュームをコントロールしてディフュズール(スピーカー)を鳴らします。この辺も、電波(高周波)を受信して音(低周波)を鳴らすラジオと同じ仕組みです。ただ、真空管やトランジスターを用いたLC発振だと、電圧の微妙な変動や周囲の温度などの影響を受けて発振周波数が安定しないので、最新の楽器にはクリスタル(水晶またはそれに準ずる)発振器など極めて安定した機構が組み込まれているのではないかと推測しています。尚、可変発振器のグリッド(真空管内の電極)とコンデンサーを構成する鍵盤、リボンは特殊なコイル(トランス)を介して結合されており、一次コイルと二次コイル間に自由に動く鉄芯を挿入してインダクタンスを変化させ、その結合度を調節するようです。倍音を吸収するためのフィルターも複数あり、それらの組み合わせで音色を制御します。単音の楽器ですが、 早いトレモロを残響の多いパルムやメタリック、レゾナンスなどで鳴らすことによって疑似和音を奏することもできます。 尚、デジタル化された最終型では定まったパターンですが和音を出せるようになっています。丁度MIDI音源モジュールなどの五度重ねや三和音重ねのようなものなので、おそらく効果音的な用途、或いは終止音を和音にしたい場合などに使われるのでしょう。これは和音というよりも音色の一部と考えた方がよいかも知れません。
▲ オンド・マルトノの簡単なダイアグラム図
※若干、記事を訂正しました。
§文章を読んだだけではなかなかわかりづらいのですが、市販のAMラジオ(スーパーヘテロダイン式・ラジカセでもよい)が2台あれば簡単にオンド・マルトノ(ヘテロダイン方式)の 発音原理の再現ができます。
----- 《その理由》----- AMラジオ(スーパーへテロダイン式)内部の局部発振器からは常に「受信周波数+455KHz(中間周波数)」の電波が出ているので、これがもう一台のラジオ受信に干渉してビートが発生します。
例であげた、1台目のラジオが受信している文化放送の周波数は1134KHzですから、2台目を679KHzに合わせると、2台目のラジオ内部から文化放送と全く同じ周波数の電波が発生するので、1台目のラジオからは発振音が出ない状態(ゼロビート)となります。 あまり良い例ではありませんが、(古いタイプの)オンド・マルトノの基本的な発音原理はこれと同じです。実際その発振音はオンドの音と似ています。尚、現在ではやや特殊な部類に入るストレート式ラジオではこの現象は起きません。 ♪♪
実際の音 ♪♪ ラジオを2台用意し、ラジオAを放送の入らない高い周波数に固定します。ラジオBを調節して内部から発する電波の周波数をAに合わせる(Aがこれを受信します)。これだけでは音が出ませんので、別途オッシレーターからAと同じ周波数の(変調をかけない)電波を出します。オッシレーターの周波数調節ダイアルを少しずつずらしてビートを発生させます。
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最終型は発音原理にヘテロダイン式を採用しておりません。通常のシンセサイザーと同様に低周波発振回路を内蔵しています。各タンブル(音色)毎に発振器が用意され、それらを組み合わせることで多彩な音を作り出します。プチガンベとオクタヴィアンには独立したつまみがついていて、ボリュームを調整できるようになっています。リボン(グリッサンド)はリニアな可変抵抗器(ポテンショメーター)で制御しており、トゥッシュはカーボンを詰めた革袋による可変抵抗や光(CDS)によるものなどいろいろな方法が試みられたようです。いずれも手作りのため、それぞれの機体によって細かい部分が皆異なっており、大量生産の楽器のように全て同一の部品を取り付ければ済むという単純なものではありません。それ故、修理する場合でも一台一台違ったやり方をする必要があるということです。
オンドに於ける楽器のコントロールは、多少の例外はありますが右手と左手の役割が明確に分かれています。右手が音高(ピッチ)、左手がディナーミクや音色・アタックなどで、丁度ヴァイオリンなどの弦楽器と非常によく似ています(左右は逆ですが)。この辺はチェリスト、マルトノ氏の面目躍如だと思います。また、後の改良モデルにも鍵盤にヴェロシティー(音量)制御を持たせなかったことが(開発当初は鍵盤すらありませんでしたが)、機構の複雑化を避けると同時にオンドの表現力を逆に増してさえいるような気がします。但しオンド独特の「作法」があって、単に鍵盤を押せば思い通りの音が直ぐに出せるというような単純なものでは決してありません。
(写真はすべて原田先生が所有されている"Le musique de
chambre"という小型の教育用楽器(モーリス・マルトノの息子であるジャン・ルイさんが製作した楽器でごく少数しか販売されませんでした)で、オンド・マルトノの名を冠した最終型です。回路は既にデジタル化されており、楽器の仕様は
Union des Enseignements
Martenotにあります。このモデルはアンプが別筐体になっていて、本体にはヘッドフォーン端子も装備しています。
※ 本ページの楽器の全般的な説明はこの"Le
musique de chambre"ではなく、若干古いコンサートモデル(
LP、CDのジャケット写真参照)についてであるということを予めお断りしておきます。また楽器解説の都合上、楽器の年代が前後してしまう点をご了承下さい。)
音高決定には鍵盤(Clavier)とリボン(Ruban ou
Bague)の2つを使い分けます。
鍵盤はフローティングされていて指で微妙に左右に揺らすことができ、これでヴィブラートをかけることができます。まさにヴァイオリンやチェロの(指板の)ヴィブラートです。また、リボンは鍵盤の手前にワイヤーで張られていて指に嵌めるリングが付いています。鍵盤の位置と音程が一致するように作られており、またリボン下側のキャビネットの縁に鍵盤の位置に対応した鋲(の頭)[黒鍵に相当]や窪み[白鍵に相当]があるので指先の触感で音高を把握できます。このため、リボン奏法でも極めて正確な音程が得られます(勿論、リボン奏法に習熟するという条件付きですが)。
演奏者側に露出しているリングの付いたワイヤーは絶縁体でできています。そうしないとリングやワイヤーに手を近づけただけで静電容量が変化してテルミンのような状態になってしまうからです(また、特に真空管式の場合、電子を飛ばすために内部回路にB電圧(高電圧)がかかっているので、それが漏洩してリングに回り込んで感電する可能性が無いとも言えません。実際、真空管ラジオではよく感電しましたので・・・(^^;
)。
このワイヤーは楽器内部で二段滑車に繋がっていて、その滑車の別の車溝からコンデンサーとして働かせるための金属線が延び、左右に動かした時の対面電極との露出の比によって静電容量、つまり音高を決定しています(因みに新しい楽器ではこのような大がかりな方法は採られず、精密なポテンショメーターを使用しています。それ故、楽器の演奏感覚も新しいものと古いものとでは微妙に違うのではないかと推測します)。
オンドの初期バージョンには現在のものとは違って演奏できる鍵盤がなく、リボンだけで音高を制御しました。目安としてダミーの鍵盤(目安としての浅い溝が掘ってあります)が付いていたのですが、そのまま演奏すると常にポルタメントがかかってしまうため楽器左下の抽出にあるトゥッシュ(Touche 英語のTouch)と呼ばれるボタンで音を適宜切る必要がありました。鍵盤で演奏できるようになってもリボンとトゥッシュは残り(実はオンドに於いて鍵盤は補助的手段として位置づけられています)、これがオンド独特の表現技巧を可能にしているのです。
また、トゥッシュは極めて特殊な構造になっています。ボタンの下にカーボンの粉を詰めた袋があって、ボタンを押すことによってカーボンの密度を変化させ(つまり抵抗値を変え)音量を制御する仕組みになっているのです。このトゥッシュは実際に演奏してみると実に独特な「ふわっとした」感触で、打楽器のような鋭いアタック、微妙なディナーミクの変化はすべてこの仕組みによって実現しています。実は私はボタンに歯車が付いていてそれを介して可変抵抗器を回すのではないかと考えていたのですがこの予測は見事に外れました(笑)。これほど原始的且つ巧妙な仕組みとは思ってもみませんでした。新しい楽器ではマグネットセンサーを用いて音量を制御しています。
また、抽出にはトゥッシュの他に波形や倍音(音色)を制御するボタン、ディフュズール(スピーカー)を切り替えたりそれぞれをミキシングするためのボタンやボリュームノブ、オクターブ移動(トランスポーズ)のためのコントロールノブ(ボタン)などがあって、それらを縦横無尽に駆使して演奏します。
オンド・マルトノは下表のような8つの音色を単独、或いは組み合わせて様々な音色を出すことができます。 また、ピンクノイズ(ザーというFM放送の局間ノイズのような音)や高次の倍音を減衰させて音量を小さくしたような効果を得るスイッチもあります。
1 |
タンブル・オンド TIMBRE ONDE (O) |
高調波(倍音)を全く含まない純音(サイン波)。リボン奏法では、殆ど歌うような声に似ていて、残響を伴うと純粋さ、天国的な性格、静けさ、落ち着き、瞑想を象徴するような音。 |
2 |
タンブル・プチ・ガンベ TIMBRE PETIT GAMBE (g) |
小型のバス・ヴィオールの音色。弦の模倣無しに非常によく似ている音。 |
3 |
タンブル・ガンベ TIMBRE GAMBE (G) |
ヴィオラ・ダ・ガンバの音色。高調波(倍音)を伴ったより重い音。 |
4 |
タンブル・コルネ TIMBRE CORNET |
コルネットの音色。 |
5 |
タンブル・クルー TIMBRE CREUX (C) |
中空・空洞の音色。バスクラリネットやバスーンに類似し、柔らかな牧歌的な性格。強く演奏される場合は全く激しく、金管楽器により近い。 |
6 |
タンブル・ナジヤール TIMBRE NASILLARD (N) |
柔らかなオーボエの音に似た鼻にかかった音。しかしメゾフォルテで演奏した場合は東洋の楽器により近い音色。 |
7 |
タンブル・オクタヴィアン TIMBRE OCTAVIANT (8) |
上方の偶数倍音を伴う。 |
8 |
タンブル・テュッティ TIMBRE TUTTI (T) |
全てのタンブルの組み合わせ。 |
これらの音色区分はパイプオルガンの音栓(レジスター、ストップ)に由来します。最終機で3度や5度が重なった和音のような音が出せるという発想も同様で、伝統的な楽器を意識して設計されているのです。
モーリス・マルトノが
アメリカ合衆国特許商標庁に申請した書類を見ることが出来ます。
"martenot"で検索すると以下の該当書類がヒットします。
特許番号 |
年月 |
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etc. |
1824402 |
Sept., 1931 | |||
1853630 |
Apr., 1932 | |||
1914831 |
Jun., 1933 | |||
2562471 |
Jul., 1951 |
Diffuseurとはフランス語で、拡声器、スピーカーと言う意味です。
オンドには音の出口(ディフュズール)が数種類あります。オンドを外観的に特徴づけるようなパルム。ごく普通のコーンスピーカーを鳴らすプランシパル。銅鑼やシンバルが振動板になっているメタリック。スプリングリバーブの原理を応用したレゾナンスなどです。これらのディフュズールを備えたことがオンドの楽器としての成功を支えた一因でもあります。これ程多彩な楽器としてのスピーカー群を有する電気楽器は他にありません。
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↑パルム全体 |
炎のような独特の形をした共鳴ボディーの表裏にそれぞれ12本の弦が張られています(弦はオクターブ内の各音に調律します。ヴィオラ・ダモーレのアリコート弦のようなものです)。オンドといえばまずこのディフュズールを思い浮かべる人も多いと思います。パルムは1948年4月23日、ジョリヴェのオンド・マルトノ協奏曲初演の際に初めて登場しました。 弦の根本、ヴァイオリンでいえばテールピースに当たる部分にはボイスコイルの振動を伝えるバーがついていて、アンプから送られた低周波電流はこのボイスコイルに流れ、バーを通して弦とボディーを振動させ柔らかい残響を生み出します。弦を支えるブリッジは透明樹脂製で洒落た感じがします(最新型では木製になりました)。弦を留めるチューニングピンの形が若干異なる数種類のバリエーションがあり、最新のものは更に良く残響して尚且つ不快なノイズが出ないように振動部の構造が変えられています。繊細な構 故に、弦は頻繁に調律しなければなりませんが、オンドで音を出しながら最も共鳴する位置に合わせると比較的楽に調律できます。実はパルムは大きなコンサートホールなどでは殆どその残響は聴こえてきません。しかし、パルムを自分のすぐ傍らに置いてオンドを演奏すると、何とも言えない幽玄な世界を楽しむことができます。特に分散和音を演奏するとその遠い響きに感動します。その意味ではこのディフュズールは非常にパーソナルなもので、コンサートには倍音の多い後述のレゾナンスの方が向いているように思います。 私事で恐縮ですが、私は1984年、 ジャンヌ・ロリオ六重奏団が初来日した時のコンサートを聴きに行ったことがあります。その時にはこのパルムは登場しなかった( プランシパル+レゾナンスと メタリックのみが使用されました)のを思い出します。オンディストの第一人者であったジャンヌ・ロリオはまるでルネッサンス絵画に描かれた女性がそのまま絵から出てきたような雰囲気の人で、今でも強く印象に残っています。改めて考えてみると、既に他界されてしまった、おそらく史上最高のオンディストの演奏を生で聴けたことは(当日は最前列の席に陣取りました(^^; )、本当に貴重な体験でした。同年11月、師事していたピアノの先生の薦めで、私はモーツァルトのピアノ協奏曲を室内管弦楽団(東京ゾリステン)と共演させてもらったりして、まさに音楽的に「熱い一年」だったのです。 その後都内の某楽器店で中古のオンド(楽器店の説明ではフランス人オンディストが使っていたとのこと)を売っていたので見に行きましたが、経年か日本の湿気にやられた所為か弦の張力に負けてパルムのボディーが反っていました。演奏時以外は、ことに湿度が高く木の反りやすい日本では弦を弛めておいた方がよいのでしょうか・・・。また、売られていたオンドには、細いワイヤー式のリボンではなく、黒っぽい色の太いベルトのようなリボンが付いていて、見るからに古い型でした。自分が出せる範囲の金額だったら買おうと思ってその中古楽器の値段を訊いて思わず腰を抜かしそうになりました・・・。勿論、買おうという気持ちが見事に砕け散ったのは言うまでもありません。(笑) ●1984年に来日したジャンヌ・ロリオ六重奏団のコンサートのプログラムは こちらをご覧下さい。 |
メタリック ”Le diffuseur Métallique” D3
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箱の中に銅鑼やシンバルが吊されており、ボイスコイルの振動を伝えるバーが直接これらを振動させます。銅鑼などの重い金属を鳴らすためにはかなりパワーがいるような気がします。銅鑼やシンバルの固有振動と残響とが混ざり合い、どことなく悲痛な感じの音がします。前面についている螺子でしっかりと銅鑼を固定します。アタックの強い音をこれで鳴らすとまるでスチールドラムを叩いているような音がします。オンドの音を代表するようなディフュズールで、CDなどでもよく耳にするウワーンという音はこのディフュズールの発する音です。 |
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木製キャビネットに普通のコーンスピーカを取り付けただけの極めてシンプルなディフュズールです。自作スピーカーによくありそうな外観で、素っ気ないデザインが逆にいい雰囲気を醸し出しています(笑)。 大型のキャビネットの裏側には左右に開くバッフル板を取り付けます。これは低音補強などの音響効果とともに、奥行きの薄いスピーカーキャビネットが倒れないように支持足の役目も果たしています。 パルムやメタリックを単独で鳴らすと音の立ち上がりが若干鈍くなるので、それらと一緒に鳴らしてアタックを補うのもプランシパルの重要な役割なのです。 |
小型 |
大型(スタンダードタイプ?) |
プランシパル+レゾナンス ”Le Principal et La Résonance” D1+D2
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正式名称は何というのかよく解らないので、私は便宜上勝手にプランシパル+レゾナンス(プラレゾ)と呼んでいます。(^^; オンドのディフュズールの中では最もよく使われていると思います。縦長の木製キャビネットにコーンスピーカが上下2個内蔵されていて、上側のスピーカーはごく通常のもので、下側のスピーカーには機械的なスプリングリバーブが付いています。パルムの残響効果を更に高める目的で作られたのだと思います。前面には透明樹脂製の拡散ルーバーが付いていて、よくある無粋な楽器用スピーカーとはデザインの美しさで一線を画します。これとメタリックがあれば通常のレパートリーには十分対応できると思います。これにもプランシパルと同様、裏側に左右に開くバッフル板を取り付けて使います。 |
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スプリングリバーブの部分だけを独立させ単体の箱に入れたディフュズール。外観は、昔のシステムコンポーネントのスピーカーに似ています。 ※この他にもデザインの異なるディフュズールが数種類あり、マルトノのオリジナル以外に製作されたものも使われているようです。 |
非常に広い音域に亘る急速なパッセージなどを演奏する場合には左手も鍵盤上に動員しなければならなくなります。そうなるとディナーミクなどをトゥッシュで制御できませんので、足でエクスプレッションペダルを操作します。いわば外付け足踏み式トゥッシュで、抽出左脇のDINプラグに接続します。これとは別に、音色をコントロールするためのフィルターペダルもあります。古いタイプのものはベークライトをペダルの形に切って組み立ててあり、非常にシンプルな構造です。
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学生時代に購入したLP |
学生時代に購入したLP |
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学生時代に購入したLP (同上・・・(^^; ) |
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CD |
CD |
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かつてDiscovery Firm Inc.
でオンド・マルトノの音をサンプリングしてディスクに収録したライブラリー(音源集)を発売していました。このカタログはKORGのTシリーズ用のものですが、後にRoland用のファーマットが追加された記憶があります。当時はサンプラーを持っていなかったので買いませんでしたが、現在は、コンバート専用ツールを使えばコンピューター上でサンプラー機種ごとのフォーマット変換が簡単にできるので、取り敢えず買っておけばよかったと後悔しています。(^^; 現在でもDiscovery Firmのサイトでダウンロード販売しているので買ってみましたが音は???です。(笑) 画像をクリックすると大きく表示されます。
2011年にイギリスのSONICCOUTURE社からリリースされたオンド・マルトノ サンプリング音源で Native Instruments 社のホストアプリケーション Kontakt 上で動作します。リリース直後にネット上からダウンロード購入したのですが、当方のWindows環境の Kontakt Player 4 では全くライブラリーを読み込まず、 Kontakt Player 5 がリリースされてから漸く動作したため、購入後随分長い間使えませんでした。さて、この音源ですがフランスのオンディスト、トマ・ブロシュ氏所有の楽器(ライン出力が出来るようにカスタマイズされている)からスピーカーを通さずに本体から直接サンプリングされています。音の出口であるスピーカーはプランシパル、メタリック、レゾナンスがモデリングされていて非常にリアルです。タンブル(音色)は実楽器と同様、O、G、g、C、N、8、T、S、が網羅されていますが、残念なのは肝心のO (Onde) がそれらしくない点です。サイン波というより三角波で O のもつ独特の幽玄な感じが出せません。また、実楽器と異なるところは、全てのタンブルがスライダーでミキシングレベルを調整出来るようになっていて操作が煩雑な点です。この辺は実楽器と同じく単にスイッチだけ(g を除く)にした方がよかったのではないかと感じました。また、スイッチ(スライダー)の色が逆です。本物は赤がスイッチONで緑がOFFです。タンブルの切換などは外部MIDI機器から直接コントロールが出来ずマウス操作になってしまうのでリアルタイム演奏には全く不向きです。リボン奏法もできません(オートでポルタメントをかけることはできる)が、これはMIDI規格が、広い音域且つ高分解能で自由な音のスライドを事実上サポートしていないための限界です。リアルタイム演奏が全く出来ないというわけではありませんが、本物の演奏感からはほど遠いため、打ち込み用と割り切った方がよいかも知れません。このようにいくつか不満はありますが、今までリリースされたオンド・マルトノ音源の中では最も本格的なもので、上手く使えば本物のオンドで演奏しているように聴かせる事も不可能ではありません。私がこの音源で作成した演奏がありますので、非常に下手ですがひとつのサンプルとしてお聴き下されば幸甚です。
ドビュッシー作曲 シランクス
マルセル・ビッチ作曲 フルートのための12の練習曲から第1番
最後に、自作したトゥッシュユニットについて少し述べます。練習用にトゥッシュボタンの模型(Ver.0)を製作したのがそもそもの始まりで、当初は電気的に動作させようなどとは全く考えていませんでした。しかしオンド・マルトノのトゥッシュの部分だけでもMIDIキーボードで使うことが出来れば、習得が極めて難しいトゥッシュ技術(左手と右手の連携)の練習に少しは役立つであろうし、MIDI音源をオンド・マルトノ的に鳴らすことも出来るかも知れないと考えるようになり、いろいろと試行錯誤をしつつそれらしいものを見よう見まねで形にしたのがこのユニットです。初めに予想した通り使用目的に合致するパーツがなかなか見つからなかった(最初は全く別デバイスの使用を目論んでいましたが、別電源が必要だったり変化特性をうまくコントロール出来なかったため断念しました)ため多少無理をして機械部分を作ったものがVer.1。これは指の動きを拡大するように製作した全く洗練されていない力学的伝達機構に加えて、パーツのもつ機械的な特性のため、どうしても滑らかにポタンを操作することが出来ず実用(演奏用途)には程遠いものでした。
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← オンド・マルトノとトゥッシュユニットVer.1(実際にオンドで使用可能です) | |
Button of Ver.0 (Model) |
When press a button the deepest. | |
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その後、現時点ではこのユニットの用途に最適であろうと思われるパーツを発見入手することが出来たので、原田先生のご助言も得ながらVer.1の伝達機構を全廃して非常にシンプルな形に作り直し、キーボードのメーカーによって異なるエクスプレッション端子の極性に対応するための切替スイッチと、ボタンを押したときの音量変化特性を調節できるようにボリュームを追加してVer.2に改良しました。Ver.2ではトゥッシュボタンがかなり滑らかに動くようになり、またボタンを深く押し込まないと音量が急激に変化しないようにもできるため、Ver.1に比べれば格段に演奏性能が向上したと思います。MIDI音源で使用して感じたのは、キーボードやペダルだけでは得られない微妙な表現が可能になったことで、音の強弱のみならず音色固有のアタックを消すことができますし、逆にまったりした音に鋭いアタックを加えることもできますので、それだけでも既存の音色が全く別の音色のように聴こえます。これで演奏しているとオンドを弾いているときのようについつい鍵盤ビブラートをかける動作をしてしまいます。(笑) しかし、やはりオリジナルとは操作感覚が異なるのでそのギャップを埋めるべく今後も努力していきたいと思います。何処の馬の骨かもわからないユニットではありますが、こんな物でも一旦原田先生の手にかかるとオリジナルと代わらないくらいの表現力を発揮して製作者自身が大いに感銘を受けました。プロフェッショナルの本当の凄さを実感した瞬間でした。
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← 各種スイッチと調整ボリュームを付加したVer.2 ♪ Ver.2を使って即興演奏したもの1 Improvisation Sound File 1 ♪ ダイナミクスの変化が滑らかでないのは、ユニットの所為ではなく単に私の演奏が下手だからです。トゥッシュの操作は本当に難しいのです。 |
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← 友人の作曲家Tさんに納入(笑)した小型バージョン 四分音キー付き with quarter tone key |
ジャンヌ・ロリオ六重奏団が来日した時、私はまだ21歳の学生でした。2日連続で六重奏団を聴きに渋谷の会場に行きましたが、オンド・マルトノは遙かに遠く手に届かない楽器でただただ羨望のまなざしで見つめていました。その時はまさか自分がメシアンの「美しい水の祭典」をオンディストの一人として将来演奏する事になるなど夢にも考えた事はありませんでした。それから33年という長い年月が経って浜松で演奏する事になり、まだまだ未熟な私をこの稀有な機会に抜擢して下さった原田先生には本当に感謝しております。自分にとってはオンド・マルトノを知った1980年代の若かりし頃から今までの人生の中で、モーツァルトのピアノ協奏曲を演奏して以来の最大のイベントになりました。原田先生をはじめ、コンサートを企画された浜松市楽器博物館のスタッフの皆様、共演して下さったオンディストの皆様、当日演奏会にお越し下さった全ての方々に心より感謝いたします。ありがとうございました。
↓コンサート練習用に急遽製作したトゥッシュ・ユニット
こちらはバネの圧力や機械的な構造を若干変更して新しい楽器の感覚に近くなるように調整しました。
モノとしてはまだまだ未完成ですが、Roland A-49や、オンド・マルトノと鍵盤の幅が近いKORG microKEYなどの
キーボードと一緒に使用して、テクニック上の難題克服に随分役に立ち、かなりの酷使にも耐えてくれました。深謝。
※このページの記述に間違いがありましたらご指摘下さい。
改訂: |
2003.12.15 |
2004.01.07 |
2004.02.08 |
2004.06.01 |
2005.01.25 |
2005.03.01 |
2009.03.23 |
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2003.12.17 |
2004.01.26 |
2004.03.13 |
2005.01.19 |
2005.01.28 |
2006.12.19 |
2012.04.10 |
2012.08.08 | 2013.03.13 | 2017.05.05 |